2017年、「地面師」と呼ばれる犯罪グループによって大手不動産会社が不動産取引で詐欺の被害にあった事件があり、大きな話題を呼びましたね。
本来権利がないにもかかわらず、他人の不動産を売りとばして売上金をだまし取った事件ですが、似たような事件はこれまでもいくつか発生しています。
手口はさまざまですが、このような事件を受け、れまで以上に詐欺取引に対する警戒が強まるでしょう。不動産取引における本人確認や所有権者の意思確認が厳格に行われることが予想されます。
他人の物を勝手に売って代金を持ち逃げすることは当然犯罪ですが、ではもしあなたが、認知症にかかってしまった自分の親の不動産を売るとしたら、どうすればよいのでしょうか。
たとえ親子でも、所有権のない者は不動産取引の当事者にはなれないため、この場合は特別な手段を用いる必要があります。
この章では合法的かつ安全に親の不動産を売るための方法の一つ、「成年後見制度」における不動産売却の流れを解説します。
親の承諾があっても不動産は売れない!?その理由とは?
不動産は大きな財産であるため、売却によって多額の利益を得られる魅力があります。
魅力の強い財産にはよからぬ輩が寄ってきやすいのも事実で、資産家が保有する不動産に絡む事件もニュースなどで見聞きしていると思います。
権利者以外の者が本人を騙す手口もあれば、もっと巧妙に仕掛けるケースもあるため、大きな額の取引になるほど慎重な対応が必要です。
よって不動産取引の当事者は、相手が本当に取引対象の物件について権利を有するのか、取引前に必ず確認する必要があります。
例えば、本人確認として免許証などの提示を求めたり、所有権の確認のために登記簿の提出を求めたりなど、相手の身元確認をしっかり行うことが欠かせません。
ここでいう「権利」とは、不動産の所有権を指します。所有権者が自由意思によって売却することが分かれば、買い手は安心できます。
では、親の不動産を子が代わりに売るケースではどうでしょうか。
この場合、例えば所有権は登記簿によってA氏にあることが分かったとしても、代理人と称する眼の前にいる相手が本当にA氏の子なのか、そして、A氏から本当に代理権を得ているのかは外観では分かりません。
従って、親の代理人として不動産を売る場合は、親であるA氏が作成した委任状が必要です。
委任状はA氏が自らの意思で、他者に不動産の売却を委任したという証明です。
これに加えて、委任者であるA氏および受任者である子について、それぞれ本人確認や意思確認のための身分証明書や印鑑証明書などの証明書類が求められます。
では、認知症になった親の場合も委任状を用いることで子が売却できるかというと、これは否です。
認知症の程度にもよりますが、親の判断能力が低下している場合、委任状を用いる代理人のシステムを使った代理売却は行うことができません。
なぜなら、委任状はあくまで本人が正常な判断能力の元で委任する必要があるからです。
認知症(他の精神疾患等も含む)の患者さんは正常な判断ができず、その状態では正常な「委任」という法律行為ができないと考えられているのです。
強引に委任状を作って取引した契約は、法律上無効になります。さらに、買い主から損害賠償を請求されるなどのリスクが生じる恐れがあり、非常に危険です。
親の認知症が進んでいる場合、たとえ日常会話の中で不動産の売却に親が口頭で「いいよ」と同意していたとしても、それは本人の正常な判断ではないとみなされます。そのため、代理人とは別の特別な売却方法を考える必要があります。
この場合、「成年後見制度」という法的なシステムを利用し、子であるあなたが親の成年後見人となることで不動産を売却することができます。
成年後見制度とは?
成年後見制度は、知的障害や精神障害などによって判断能力が低下した人を保護し、支援するための法的な制度です。
認知症などにより判断能力が低下した人も成年後見制度の対象です。
判断能力が落ちると、例えば自分に不必要な物品を購入したり、損害が出ることを認識せずに何らかの契約に応じたりする恐れがあります。
また、この状況を悪用して悪徳業者などに騙されてしまう可能性もあります。
判断能力が落ち生活のさまざまな場面で不利益を被る可能性のある人をサポートし、不利益が生じないように支援するのが成年後見制度です。
運用においては、本人の判断能力の低下度合いに応じて保護および支援の強度を調整し、本人の自由意思を考慮しながらサポートします。
成年後見制度には、補助・保佐・後見の3つの類型があります。以下、それぞれ概要を解説します。
補助とは
補助は、本人の判断能力が「不十分」程度のケースに適用され、3類型の中では最も軽い類型です。本人を補助する人を「補助人」、補助される人を「被補助人」といいます。
被補助人においては、支援が必要な特定の行為につき家庭裁判所から許可を得て、補助人に同意権や取消権、代理権が付与されます。
これにより、被補助人が不利な契約を結んでも、後から契約を取り消して被補助人を保護するなどの手当ができます。
保佐とは
本人の判断能力が「著しく不十分」のケースに適用され、3類型の中では中間に位置します。
本人を保佐する人を「保佐人」、補佐される人を「被保佐人」と呼びます。
被保佐人も補助同様、保護、支援に必要な特定の事項について家庭裁判所から許可を得て、保佐人に対して同意見や取消権が与えられます。
また、別途申立てを行えば、特定事項以外で必要と思われる事項についても、同意見・取消権・代理権を付与してもらうこともできます。
後見
判断能力を「欠く」状態が通常である人に適用されるのが後見で、3類型の中で最も重い類型です。本人を後見する人を「成年後見人」、後見される人を「成年被後見人」と呼びます。
成年被後見人には、成年後見人の財産管理の全般的な取消権と代理権が裁判所から付与されます。そのため、親の不動産の売却も可能です。
認知症が進み判断能力が大きく落ちた場合は、後見が適用される可能性が高いでしょう。次の項では、成年後見人の選任申立ての手続きについて解説します。
成年後見申立て手続きと必要書類
手続きの窓口は、本人の住所地を管轄する家庭裁判所ですが、申立ては本人の配偶者や一定の親族でもできます。
申立てに必要な書類などは個別ケースで異なりますが、おおむね以下が必要です。
- 後見開始申立書
- 申立付票(事の経緯を説明するもの)
- 後見人等候補者身上書
- 親族関係図
- 本人の財産目録
- 本人の収支予定表
- 本人の健康診断書
- 本人および後見人候補者の戸籍謄本
- まだ成年後見などの登記がなされていないことの証明書
必要書類はケースや裁判所によって異なるので、実際の申立ての際には手続き先となる家庭裁判所に確認してください。
裁判所に申立てをする際は、後見人の候補者を推薦できるので、親族で適当な人物がいればその人を推薦できます。
ただし、最終的には裁判所が決定するため、候補者が不適格とみなされると別の人が選任されることがあります。
親族以外を候補者にする際は、多くの場合、弁護士や司法書士などの資格者が選任されます。
また、申立てには数千円~数万円の費用がかかり、内訳は収入印紙代・登記手数料・郵便切手代などです。
※成年後見人が選任されると、当該人の権限などを登記する成年後見登記がなされます。
さらに、ケースによっては本人の状態の鑑別手続きを要することがあり、裁判所に鑑別が必要と判断されると、約10万円程度の鑑別費用がかかります。
後見人の選任までには約2か月程度の期間がかかることも覚えておいてください。
無事に後見人が選任されると、成年後見人は本人の行為を代理できます。しかし、不動産の売却については成年後見人といえども無条件で代理売却ができるわけではありません。
不動産の売却は非常に重要な事柄であり、本人の住居物件を売却するケースでは本人が住処を失うという不利益を被ることがあるので、特別な手続きが必要です。
これについて、次の項で解説します。
居住用不動産の売却許可の申立てが必要
代理権を有するからといって成年後見人が独断で本人の居住用不動産を売却してしまうと、将来本人の住むところがなくなり、困る可能性があります。
そこで家庭裁判所に対して、不動産を売却する必要性や妥当性を訴え、売却を許可してもらわなければ売ることができないのです。
例えば、病気入院にかかるお金が必要だからと家を売ってしまった場合、当面は問題なくても、将来退院したときに住む家がないと困ります。
従って、売却の必要性だけでなく、将来的に本人が困らないか家庭裁判所がチェックを入れるのです。
売却許可の申立てには、おおむね以下のような書類が必要です。
- 不動産の売買契約書の写し
- 不動産の登記簿謄本
- 売却不動産の査定書など売却価格の妥当性を説明する資料
- 親族などの同意書
一番上の売買契約書の写しは、通常裁判所に売却許可を申し立てる前に買い手候補と契約交渉をし、仮合意をして契約書を作成しておくことが多いようです。
そのうえで売買契約書の中身を裁判所にチェックしてもらい、売却の妥当性や契約内容の合理性などについて確認を受ける必要があります。
しかし買い手にとっても売り手にとっても、裁判所からの売却許可が出るかどうか分からない段階で契約することにはリスクがありますね。
そこで、成年後見人が代理で売却するこのようなケースでは、売買契約内で「停止条件付取引」の条項が付きます。
これは、裁判所の売却許可が出た場合に契約が有効になる特約で、許可が下りなければ正式な契約として成り立たないことに両者が同意するものです。
裁判所が許可を出すにあたり、売却の必要性はもとより、本人の意向や生活状況、売却の条件や売買代金の額、受け取った代金の保管方法、売却についての親族の意向なども考慮されます。
裁判所が売却の許可を下せば売却できますが、もし許可を得ずに勝手に売買取引を進めてしまった場合は契約が無効になります。
買い手から損害賠償を請求されるなどの事態に発展する恐れもあるため、無許可での売買はしないでください。
裁判所の許可が下りて売買契約が有効になれば、物件の引き渡し時期などを調整して買い手に引き渡しを行い、所有権の移転登記を行います。
登記の際には通常の登記に要する書類に加えて、対象物件にかかる家庭裁判所の売却許可決定書、および成年後見人の登記事項証明書が必要です。
非居住用物件の売却の場合
上記までは本人の居住用の物件に関する説明でしたが、非居住用の物件の場合は居住用物件とは扱いが異なります。
非居住用の不動産を売却する場合、家庭裁判所の許可は必要ありません。
ケースによっては成年後見人を監督する「成年後見監督人」が選任されていることもあり、この場合は売却する際に成年後見監督人の同意を得る必要がありますが、監督人が選任されていないケースでは成年後見人の判断で売却を進められます。
ただし成年後見人が自由に売却処分してもいいわけではなく、本人の不動産を代理で売却するためには、やはり売却することの必要性が求められます。
必要性があるとは、例えば医療費の捻出や施設への入居費用を捻出するなど、売却しなければならない理由があることを指します。
また、売却は本人に不利とならないような条件でなければならず、売却金額が市場取引における相当額程度にするなど、本人の利益を害することがないよう、代理人である成年後見人は契約内容にも責任を持たなければなりません。
ただ、非居住用物件の場合は家庭裁判所のチェックが入らないので、成年後見人は自分で上記の必要性があるかどうか、また契約内容に問題がないかなどを判断しなければならず、これが負担になることもあります。
成年後見人としての義務に違反すれば責任を問われるので、本人の不動産を売却しても問題ないかどうか、弁護士などの法律家に意見を聞いたり、あるいは家庭裁判所に伺いを立てたりといった予防措置を取ると安心です。
現在住んでいないマンションや土地でも、無料で査定をしてもらうことは可能です。しかもネットから簡単にできるので、今すぐ売るつもりはなかったとしても安心して査定ができます。
「居住用」の概念に注意
売却対象の不動産が、本人の居住用かそうでないかによって売却手続きの煩雑さが左右されますが、「居住用」の概念については少し注意が必要です。
「居住用」とは、必ずしも今現在住んでいる家とは限りません。
本人が生活の本拠として現在使用している不動産だけでなく、将来的に居住する可能性のある不動産も含まれます。
例えば、現在は病気で入院中であったり、一時的な介護のために施設に入居していたりと、現住ではないけれども、入院や介護の必要がなくなり将来的にまた住むことになる可能性のある不動産は、本人の居住用不動産として考える必要があります。
従って、このような不動産を売却する場合は家庭裁判所の許可を得る必要があります。
うっかり許可を取らずに売却手続きを進めないよう、居住用か否かの判断は間違わないようにしてくださいね。
不動産売却と成年後見人のまとめ
この章では、認知症になってしまった親の不動産を売る場合を想定し、「成年後見人」として代理売却をする方法について解説しました。
委任状を使った代理売却も可能ですが、この場合は本人が正常な判断の元で委任という法律行為をする必要があります。認知症などで判断能力が落ちた人は委任ができないため、通常の代理売却はできません。
この場合は、子が親の成年後見人となることで売却の道が開けます。
本人の居住用物件の場合は成年後見の申立てとは別に、家庭裁判所から売却許可の決定を受ける必要があるので、この点も忘れないようにしてください。
成年後見人になったあとに財産などの管理などができなくなってしまった場合は「相続財産管理人」を専任することで、不動産などの管理を任せることができます。現在成年後見人、あるいはこれから成年後見人になる予定の方は、併せて覚えておくと安心です。